海域アジア・オセアニア研究
Maritime Asian and Pacific Studies
東洋大学拠点

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調査レポート「宮城県沿岸部における移動と災害(後編)」の公開

調査レポート「宮城県沿岸部における移動と災害(後編)」の公開

2024.7.8

研究活動


本レポートは、2024年6月1日から6日にかけて、宮城県沿岸部にて実施された現地調査等の成果を一部抜粋したものです。

 

宮城県沿岸部における移動と災害(後編)

 

文筆:門馬一平(人間文化研究機構・国立民族学博物館拠点)

 

6月4日(火):NPO法人「森は海の恋人」の活動

 同法人の畠山信氏の案内で、舞根地区を視察した。舞根地区は東日本大震災後、集落が高台に移転している。旧居住区に近い耕作放棄地には震災後に水が溜まり、汽水湿地となっている。NPOではこの湿地帯の環境モニタリングを行っている。また、地盤沈下で河川護岸が低くなったことから、これを改築する計画が持ち上がり、NPOと市役所が協議した結果、環境に配慮した形での護岸工事を行っている。湿地側の護岸を残しつつ、湿地と接続する箇所を10m開削したという。また、林道側の護岸は新たに「フレーム式砕石詰め護岸」を採用することで、地下水の流れが維持され、水性生物の棲家となっているという(法人HP参考)。こうした取り組みにより生物数の回復傾向がみられ、湿地は新たなビオトープとなっている。また海外からの視察対象や研究者たちの調査対象、子どもたちの環境教育の場となるなど、災害後の状況を新たに資源として活用している様子がうかがえる。他にもNPOの従来の活動である植樹活動や、子どもたちが参加するキャンプなどが活発に行われていた。こうした舞根地区の活動は、災害に対する海辺居住のレジリエンスを示すひとつのモデルケースともいえるかもしれない。

 

舞根地区の湿地(2024年6月4日 撮影:門馬一平)

 

大谷海岸の震災復興事業

 気仙沼市議の三浦友幸氏の案内で大谷海岸の震災復興事業を視察した。 大谷海岸はもともと、遠浅の砂浜と松原が続く美しい海岸で、海水浴客で賑わう景勝地だったという。しかし、震災直後に砂浜の全てを埋め立て、防潮堤を建設する計画が持ち上がった。その後、大谷地区振興会連絡協議会などを中心に、防潮堤への賛否を問わない、そして住民間の対立構造を作らない、粘り強い協議が行われたという。署名活動や度重なる協議、地権者や行政との交渉の結果、防潮堤がセットバックされ、そこに続く形で国道がかさ上げ、さらにその背後に道の駅が移転することに決まった。砂浜はもともとの広さの2.8ヘクタールが確保されることとなった。他にも、砂浜へのアクセスがしやすいような階段状の防潮堤や、景観に配慮した防護柵、道の駅から海を一望できる展望デッキなど、細かな配慮がなされている。最初の防潮堤の計画から、これらの工事の完了まで10年近くを要したという。しかし、住民主体による合意のもとで計画の大規模な変更が行われ、景勝地が残された貴重なケースとなっているようだ。大谷海岸では他にも、近くの本吉町前浜地区の集落を見学した。地域主体でセルフビルドしたコミュニティセンターや、防潮堤、地区の縄文貝塚などを視察することができた。

 

大谷海岸(2024年6月4日 撮影:門馬一平)

 

気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館

 この遺構・伝承館では、震災時に被災した旧宮城県気仙沼向洋高等学校を震災当時の状態を一部残す形で保存し、見学できるようにしている。津波に流された車や家、工場が衝突し、破壊された旧校舎の跡から、その凄まじさを感じることができる。また、地域の人々の証言映像や、地震発生から時間経過で人々の動きを一覧することができるマップなど、随所に震災の状況を伝える工夫が凝らされていた。地震発生時に校内にいた生徒・教職員たちが全員生存できた経緯と合わせて、それらを伝えることの意義そのものが強く感じられる施設だった。また、多くの「語り部ガイド」の方々が案内しているのも印象的であった。

 

6月5日(水):気仙沼漁港およびリアス・アーク美術館の見学

 気仙沼漁港で定置網の水揚げ作業を調査した。コウイカやマダイなど、海水温の上昇に影響された漁獲がみられた。漁労関連の民俗資料を多く展示するリアス・アーク美術館を見学した。漁具の種類の豊富さを実感することができ、また海底での使い方の表現など各所で工夫が見られた。他に、気仙沼インドネシア友好協会の活動や、インドネシア人の気仙沼での生活実態の聞き取り、明治時代の食糧難を救ったジンベイザメの墓の見学などした。

 

6月6日(木):漁業関係施設の見学

 遠洋漁船の出航を見送り、気仙沼モスクや、遠洋漁船の技能実習生が利用している船員休憩室の他、彼らが利用する船具店、コンビニエンスストアなどを視察した。また、震災後に主屋と蔵を修復して営業している武山米店を見学した。武山米店は、昭和5年に竣工した2階建ての店舗を保存しており、震災後も部材をばらして移動の上、修復している。現在は炊飯博物館と称して様々な炊飯器を展示するなど、津波被害後も建物を有効に活用している。

 午後には、気仙沼図書館(ユドヨノ友好こども館)を視察した。この図書館はインドネシア政府からの災害復興資金の寄付で建設されている。インドネシア関連図書も配架されており両地域間の交流が感じられる。

 いずれも気仙沼漁業の実態や、そこで働くインドネシア人コミュニティの具体的な生活実態、両地域の繋がりを調査するもので、今後のMAPSの活動につながる有意義なものとなった。

 

遠洋漁船の出航(2024年6月4日 撮影:門馬一平)

 

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